道教の地獄とは

神様が我々を罰するためわざわざ手は煩わすほど不器用な手法を用いらないと思います。
一番簡単で同じ地獄のような苦しみを人に与えるならば、悪い運命を持つ人たちを一緒にするだけで同じ効果がえられます。

一方的に苦しみを与えるだけではなく、運命が悪いなりに頑張っていくチャンスはくれてます。頑張れば少しは楽になります。のち、その頑張りは評価され、来世の為にもなります。

”天国”も”地獄”もない

”苦”、”楽”の意味する”天国”も”地獄”もない。
道教の考えでは”人”には3つの要素、魂、魄、心(行え・志し)から出来ており、死ぬと3つに分かれます。”魂”は”輪廻転生”よりリサイクルされ、”魄”は”地”でリサイクルされ、心は”行え”として”天”で評価され、来世の運命を決めます。

”苦”、”楽”を味わえるにはこの3つの要素が一緒になっている現世しかないので、死んでからの天国も地獄もないと思います。

前世は無意味である①

道教には輪廻転生の概念もあり、前世の行いが現世に影響をする考えもあります。
前世の行いは過ぎたことなので今から何か出来るわけではないので無意味と思います。前世クレオパトラであっても、全ての前世が具現化して現世になっているので、”現世を頑張ればよい”、現世利益の強い宗教です。

太極拳について

わたしは太極拳の先生ではありませんし、特に何式とかを教えている訳ではありません。
何か”式”をするために”早朝太極拳”に参加される方には誤解がないように書きました。

自画自賛かもしれませんが、聖天宮の外広場で行われる”早朝太極拳”で青空と大地の息吹を感じます。毎回、意識を少しずつ大きく膨らませながら太極拳をするのがとても楽しいです。参加される皆さんにも感じてもらいたいです。

求めれば求めるほど深い太極拳だと思います。

社会の成り立ち②宿命はない

前回もまた運命の話をしまた。やはり、道教を話すには運命の話も必要です。占いの運命ではなく、社会の成り立ちとして色んな役割の運命です。社会の多種多様な面に表れ、良くも悪くも、一人一人があてはめられます。この摂理は宿命としてではなく、社会の必然として誰かがしら担わなければならない役割があると言うことです。
したがって、特別な存在であっても、その役割を果たさなければ、形を変え、また別の人が代わりにはいるだけです。