親子のパワーバランスと血の濃さ

半ば強引な手口でさらわれた子供が大きくなり、親に戻ってきたみたいなモノでは。
こどもは新しい環境に慣れ、親に戻るのを嫌がり、
親は子供が帰って来たのをうれしい反面、子供がとる態度に深く傷つく。

親子のパワーバランスを抜きにして、拉致被害者、残留孤児などにも通じる話では。

古代史・近代史の先輩・後輩?

先輩だから”尊敬しろ”と言っていもそれは難しい。反発を食らうだけ。
残念ながら”尊敬”は後輩の志し・善意がなければ成り立たない。

古代史は尊敬しても、近代史は尊敬しない。
古代史は後輩だけど、近代史は先輩かもしれない。
今は近代史なので近代史の先輩として尊敬してもらいたければ近代史に相応しい先輩にならないと。
 
過去の栄光にしがみ付き前へ進まない先輩の方にも問題があると先輩本人が気付くべし。

個人にも当てはまる。

老子が云う”事を成し遂げればそれを捨てる”をした方がよいと思うが。

感じる違い、アクセルとブレーキ

アクセルを強く踏むとエンジンの回転数が上がるため、音、振動はすごい。
また、加速のため、体は後ろへ倒れる。
ブレーキを強く踏むとブレーキ音、ABSの場合でもエンジン音と全然違う。
また、減速のため、体は前へ倒れる。

頭は分かってもいざになると難しいかも。

不運、不可抗力と政治

雄叫びも無く、無防備の子供を後ろから刺す。
不意に襲われたら頭の後ろに目が生えていても防ぐのは不可能。

子供の登下校に武装した保衛をつける国もいるし、
集団登下校をしない国もいる。

治安の良し悪しは
あくまでも確率。どれだけの確率のためにどれだけの時間・労力を
充てるのは政治の判断。
不運・不可抗力にするのかしないのかも政治の判断。

スピードを半減 → 脅威は1/4

ぶつかりそうになった時はまずブレーキ、”回避”を優先に考えるべきではない。
5、60にもなれば反応が鈍くなるので、まずスピードを落し、車の勢いを抑えてから回避。スピードを半減すれば脅威は1/4になり、また予測できない跳ね返りも抑えられる。