対話は忍耐、但し忍耐は不効率

腕力を使わずに敵視する相手を説得する、特に国、文化、宗教も違うのはほぼ不可能である。これは人の物理的限界の一つであり、人は人を説得する人として耐えられない忍耐は必用となる。ゆえに腕力を共合わない対話はやはり説得力はないようだ。

法は許す、ネットはさせもしない

法律は被害者の救済を主とするが実は加害者の救済も含む。
心情として被害者は加害者にもっと重い刑を望み、加害者は保身のため減刑を望むであろう。よって双方が100%納得する判決などはありえない。判決は唯一双方に与えられるのは、値はともかく、一つの区切りである。
法律の理念として”想定無実”、”時効”、”執行猶予”などは人の根底にある善意、許す一面を反映していると思いたい。

ネットはそう言った許すシステムはなく、加害者も被害者も終焉を迎えることは出来ない。

国際政治は正義ではなく利害だ

正義はいくら正しくても、相手を説得する決め手にはならない。
正義の度合いはどこまで相手の共感と善意を引き出せることに尽きる。

文化、政治体系の違う国から正義を求めても無理と思わないと。
国際政治は正義で覆われている利害と思え。