義を背負う難しさ

”義”は”我”をいけにえの”羊”のように捧げる。
”議”はそのごんべん

代議士は多くの人に選ばれ、その代わりに議する人。
多くの人を代表すればするほど義は研ぎ澄まされ、その代表者の本性、本心と乖離が生じる。
代議士も人間なのでその乖離は仕方がないと思うが、人の代わりに議する者ならせめて自分の行動を自分の言葉で説明する必要がある。そうしないと代議士としての大義は務められない。

同じように他人の代わりに議する弁護士はそれほどの大義を背負わないので責任も限定的であんまりたたかれない。

投稿者:

聖天宮法師

引用するする場合はこちらの blog を必ず表記してください。 http://www.seitenkyu.com/blog2/

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です