生きるとはなに?

以前、人の成り立ちとして3つの要素、魂、魄、心(行え・志し)があると話しました。死ぬと3つに分かれ、”魂”は”輪廻転生”よりリサイクルされ、”魄”は”地”でリサイクルされ、心は”行え・徳積み”として”天”で評価され、来世の運命を決める。道教の宗教的生きる目的の概念である。

では宗教抜きで考えて見よう。人には約30兆の細胞があり、それら1つ1つの細胞は私たちの意志と関係なく一生懸命生きようとしてくれている。私たちも30兆の細胞に意識を向けで栄養を与え、衛生を保ち、健康に生きていく義務がある。生きるのは自分を形成するその30兆の細胞と共に生きていくため、これこそが生きるの根底にある由縁。

投稿者:

聖天宮法師

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“生きるとはなに?” への2件のフィードバック

  1. 自分の人生は本当にこれで良いのだろうか?
    しんでも変わらない。
    別の誰かがつらい思いをするだけだと思う。
    どこまで我慢ができるのだろうか?
    これが修業なら本当につらい。苦しい。悲しい。
    なぜ、生きなくてはならないですか?

  2. 生きるのを修行と考えてもらいたくない。人として一日でも長く生きるのは立派な徳積みであり、他人と比べる必要はないし、以前の自分とも比べる必要もない。今を生きることだけに集中してもらいたい。若い人であればしのいで時期を待ち、老い人は、来世を信じるのであれば、来世のために頑張る。
    信じてもらいたい、どのような形で生きても決して無意味ではない。

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