道教の天国とは

何を天国と指すのは様々と思いますが。
永楽、永生でしょうか。
道教の考えは”魄”が有ると永生は得られないが、無いと”楽”は得られない。よって、”魄”があると永生はない而して永楽もないです。魂、魄、心が揃えている現世こそ”楽”を満喫できます。生きている上で、一時の安らぎも天国に感じるられるのは現世だけと思います。

輪廻転生は神様の評価より決められるので、輪廻転生から脱すれば天国かもしれないが、神様と我々の次元があまりにも違いすぎるので、本当の天国の概念は人の英知では測り(謀り)きれないと思います。よって永楽、永生と言った天国を求めるのは意味がないです。

投稿者:

聖天宮法師

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“道教の天国とは” への2件のフィードバック

  1. 自殺すれば永生、永楽に行く事が出来ます。
    それは自殺は寿命の1つであるからです。
    寿命は自分で決められます。

    コメント一部省略
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    1. E235-1002 への返信。

      2021年3月3日 2:09 PMのコメント
      一部
      “自殺”の行為は“寿命”ではない。
      寿命は自分の意志によらない死、自殺は文字通り自分の意志による死、一緒ではない。

      2021年3月7日 2:40 PMのコメント
      一部
      自分の意志で死ぬのは自殺、他の要因で死ぬのは寿命。全然違う。
      寿命は何時、死ぬのかはかわからない、自殺は分かる。全然違う。
      何時、死ぬのか分からないからコツコツと生活する。
      何時、死ぬのが分かれば逆算できるので全然違う。

      永苦、永楽について
      2016年2月4日 @ 15:02 の投稿
      ”苦”、”楽”の意味する”天国”も”地獄”もない。
      道教の考えでは”人”には3つの要素、魂、魄、心(行え・志し)から出来ており、死ぬと3つに分かれます。”魂”は”輪廻転生”よりリサイクルされ、”魄”は”地”でリサイクルされ、心は”行え”として”天”で評価され、来世の運命を決めます。

      ”苦”、”楽”を味わえるにはこの3つの要素が一緒になっている現世しかないので、死んでからの天国も地獄もないと思います。

      以上を踏まえると、”輪廻転生”を信じるのであれば永生、永楽はない、また、“魄”は物理的なので必ず朽ちける。

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