昨夜、天気がよく、けさ、放射冷却のため、寒いです。こころなし息が白い。まだ11月なのに。
今どきの7:30は太陽が低く、相変わらずまぶしいけど、全身であびる朝日もいいものですね。体を動かすと直ぐにあったまりした。今日も元気よく土、日の太極拳です。
弧をえがく太極拳の動きは空間を裂くよりは空間を包みこむ動き。
包みこんだ空間を攻撃と防御で放つ、また包みこんで放つの繰り返しです。
まるで陰陽を呼吸とする太極のようです。
”道教的には構わないです”。
学問の道教も信仰の道教も自由です。
”道教”の宗教は老子のおかげで”信仰”の部分と”哲学”の部分に分けてくれました。
哲学から入るもよし、信仰から入るのもよいです。
信仰の部分は神様からご利益をいただくのと哲学の部分は”道(TAO)”として、近年、アジアより欧米のほうがよく研究されていています。
※訂正2015・12・21:”信仰”と”宗教”を逆に書いていました。
よく、”陽”と”陰”を”天地”、”明暗”、
”男女”、などといわれます。確かにそうですが、陰陽はただ存在、状況を表しているだけではなく、
移り変わり、時間の流れが含まれています。”天地”の場合は物理的な天地だけではなく、”天”から”地”が出来た流れ、”明暗”の場合は太陽が昇り太陽が沈む流れ、”男女”の場合は男性から女性へ生命のリレーがつがれる流れ。いずれも移り変わりを含まれます。
道教の考えでは運命は”運”と”命”として分けています。また、生まれたときから運命が決まっている。
”命”は生まれ持った要素が多く、例えば 生国、人種、親、親族、背格好など、乗り物にたとえます。
”運”は生涯の地図ともいえます。もらった地図の出発点からのスタートです。取捨選択の要素が多く感じられますが、例えば、交友関係、就職先、伴侶など、が、いい地域でスタートする場合もありますけど、悪い地域からのスタートもあります。
”陽”が”陰”への移り変わりにより”命”に乗ったわれわれは”運”の上で進みます。
”運命”は変えられることはできないが、その旅をどう向き合って進むのかは大事になるということです。
「陽」は始まり、「陰」は終わり、物事は始まりがありれば、終わりがある。”陽”から”陰”へ移り変わるのが原動力となり、物事が移り変わる
ようになる。
今の時期一番感じるのは”自然”の季節の変わり目。
季節の移り変わりも一年の陰陽の移り変わり、特に顕著なのは秋、色んな所で陽から陰に移り変わるのを見受けます。
冬に適応する聖天宮境内の仙台枝垂れ桜
陽が陰に移り変わる力強さは時間の流れを感じさせてくれます。