不倫も横領も戦争も一種の向上心?

不倫も流用も戦争もそれらは蛮行だが、今より愛が欲しい、お金が欲しい、領土が欲しいなどの動機であるならば一種の向上心でもある。
生きていく上、向上心は大切だが、問題なのはその履き違えた行為は伴侶を裏切り、納税者を裏切り、民の安らぎを裏切る。
伴侶がいるこその不倫、納税者がいるこその流用、民がいるこその戦争を忘れてはならない。

北朝鮮と国際社会とひと時の善悪

人質をとった爆弾銀行強盗との交渉のようだ。厄介なのは、その強盗はお金の所有権を主張していて、警察は野蛮で信用できないと。人質の中に親戚と一番のお得意様がいる。
おまけに、差し入れをしたばかりで、お腹がパンパンの強盗は”よしやるぞ”とやるき満々にもなっている。

正直、現状分析しかできない。国際問題の特徴の一つは善悪の見境は難しいこと。

国際社会にルールを作りたくても、政権が変われば反故されるのは常、トランプ政権も一例。国際ルールは所詮善意のもとで成り立っているので忘れてはいけない。ひと時の人がひと時の善悪を量るのは難しい。

日本と北朝鮮の以外な共通点?

時代の違い、同盟の均衡の違い、核の破壊力、地理的の近さもあるが、かつて西洋列強に挑んだ、アジア、特にインド、インドシナに勇気を与えた、日本は今の北朝鮮と重なる。

劣勢が列強に挑むのを応援、または勇気を感じることをよくあるが、所詮、自分に害が及ばない範囲にすぎない。

政治家が言う”常在戦場”は茶番

”選挙”を”戦争”に例える発言は戦争を軽んじている、全くの茶葉。戦争になれば、自分はもとより子孫まで殺されることもあり、負けた側はなおさら。戦争の代償と選挙の代償を一緒の次元にするのは戦死されたすべての者にたいしての冒涜。

戦争の罪の有無は語るべからず

戦争でよく”罪のな無い多くの民間人が死んだ”と言うが、では前線に行った兵士たちは罪人ばっかりだったでしょうか。

戦争になれば、敵国からすれば敵は全て罪人であり、戦争が長引きばその子供もいずれは戦力とみなされる。また、戦争の首謀者も悪人とは限りなく、善かれと思ってやっているかも知れない。善悪の見境が無くなるのは戦争である。

義を背負う難しさ

”義”は”我”をいけにえの”羊”のように捧げる。
”議”はそのごんべん

代議士は多くの人に選ばれ、その代わりに議する人。
多くの人を代表すればするほど義は研ぎ澄まされ、その代表者の本性、本心と乖離が生じる。
代議士も人間なのでその乖離は仕方がないと思うが、人の代わりに議する者ならせめて自分の行動を自分の言葉で説明する必要がある。そうしないと代議士としての大義は務められない。

同じように他人の代わりに議する弁護士はそれほどの大義を背負わないので責任も限定的であんまりたたかれない。