法は許す、ネットはさせもしない

法律は被害者の救済の一面はあるが実は加害者の救済も含む。
心情として被害者はもっと重い刑を望み、加害者は減刑を望むが裁判は、100%ではないかも知れないが、双方に一つの区切りを与える。
意図していないかも知れないが、法律の理念として”有罪が証明されるまで想定無実”、”時効”、”量刑”などはその許す役割を持つ。

ネットはそう言ったシステムはなく、終焉を迎えることは出来ないため加害者も被害者も不幸になる。

国政政治は正義ではなく利害だ

正義はいくら正しくても、相手を説得する決まり手にはならない。
正義の度合いはどこまで相手の共感と善意を引き出せることに尽きる。

文化、政治体系の違う国から正義を求めても無理と思わないと。
国際政治は正義で覆われている利害と思え。

覚える、忘れるの良し悪し

覚えるの大事だが、忘れるのも大事。
覚えるのは良くないが、忘れるのもよくない。

例えば
覚えて同じ間違いを起こさないのはプラス。
覚えて許さないのはマイナス。

忘れて許すのはプラス。
忘れて同じ間違いを繰り返すのはマイナス。

国と国の間はどうしてもマイナス面の方が働く、
政治的に有利なのでしょうか。残念。

口で従うのは妙技と思え

噛むことなく口で人を従わせるのは妙技と思え。先ず必要になるのは双方の言葉への理解力、価値観、受け手の善意、送り手に対しての信頼も必要であろう。
言葉も違う、価値観も違う、別の文化にもなると尚更むつかしくなる。相当な努力・忍耐を要する。

同じモンゴル、同じ志し、同じ組織のもとでも口だけでは解決ができない問題がるようだ。

ガラスの天井は堅さじゃない

小池さん、ガラスは堅さではなく透明が特性。

20世紀の後半、当時最強ども称じるアメリカのキャリアウーマンは
全ての天井、ブロックも鉄も含め、を破り、唯一破れないのは”ガラスの天井”と謂われる。なぜならその天井は透明であり、得体のつかめない物だからである、堅さが問題ではない。

因みに、ガラスの天井は政治的争点にするのは不利である。まず男性はその存在すら知らず、また保守的な女性はそれを助長ている。よって50%以上の指示は絶対に集まらない。

選挙は政治家の教育でもある

台風が来ようか、やりが降ろうか選挙に行くべき。
選挙に行かないと、民主主義の一員としての義務と権利を放棄
した以上に政治家を悪くする。
間違っているのであればただし、合っていると思えば褒める。
暴力を使わなければ政治家は民意の一票で教育するしかない。

昔は政治を変えるには一揆しかなく、まさに命をかけた1回切りの一票。
それと比べたら、台風が来ようか、やりが降ろうか選挙に行くべき。